Osaka University of Tourism’s
Web magazine”passport”
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ヨーロッパを作ったトロイアの落ち武者 - ローマ?フランス?イギリス
みなさんは有名な「トロイ(トロイア)の木馬」の話をご存じでしょうか。ホメロスなどの語るギリシア神話によれば、紀元前13世紀頃、小アジア(現トルコ)にあったトロイア王国とギリシアの王国連合との間に戦争が起きました。両軍は10年間激しく戦っても決着がつかず、最後はギリシア方が大きな木馬をつくって兵士を隠し、油断したトロイア方がこの木馬を城内に引き込んでしまったため、夜中に隠れていた兵士の奇襲を受けてトロイアは滅亡したとされています。
しかし、炎上するトロイアの町から、家族らを連れて命からがら脱出した一人の男がいたといいます。男の名は英雄アエネアス-トロイア方の有力な武将であり、母は美の女神ウェヌス(英語名ヴィーナス)という毛並みのよさでした。
ギリシア神話は、彼のその後について何も語ってくれません。ところが、このアエネアスが生き残ったトロイア人たちを引き連れて地中海各地を船で冒険し、最後はイタリア半島に到達して新しい国を建てた-いつしかそんな伝説が生まれました。その国こそ古代ローマなのです。そして紀元前1世紀の詩人ウェルギリウスは、トロイア脱出からローマ建国までのアエネアスの活躍を『アエネイス』という壮大な叙事詩にまとめあげました。
こうしてトロイアの落武者、アエネアスは古代ローマの始祖とされました。その背景にはギリシアへの対抗意識があったものと考えられています。「ローマはギリシアを軍事で征服したが、文化ではギリシアに征服された」(ホラティウス)という言葉に代表されるように、当時のローマ人はギリシア人を支配下に置いた後も複雑な感情を抱いていたからです。そのギリシアと互角の死闘をくりひろげたトロイアこそ、みずからの始祖にふさわしいと考えたのでしょう。
実はトロイア落武者の「活躍」はこれで終わりではありません。時代が下ってローマ帝国が滅び、中世になるとヨーロッパ各地で同じような伝説がまことしやかに生まれてくるのです。たとえば7世紀のフランスではフレデガリウス『年代記』、9世紀のイギリスではネンニウス『ブリトン人の歴史』といった書物が、自分たちの国の先祖ははるばるトロイアから来たのだと主張しています。これらの国々はかつてローマ帝国の一部であり、おそらくはその正当な継承者であることを主張するために、ローマと同じようにトロイア人を始祖として選んだのかもしれません。
そして驚くべきことに、この一見トンデモ説に見えるトロイア伝説は、15世紀頃まで何百年間もそれぞれの国で広く信じられていたのです。まさに中世のヨーロッパはトロイアの落武者たち(の伝説)がつくったといえるでしょう。
高校までの歴史の授業は、過去において確実にあったと考えられる出来事(史実)しか学びません。しかし、現代では史実とされていない伝説が、かつては史実として大まじめに信じられてきたこと-これも歴史の真実なのです。大学における歴史学の面白さの一つは、こういったかつてのトンデモ伝説もきちんとした研究対象として学べることにあります。さあ、みなさんも過去の世界へ、魅力にみちたトンデモ伝説を探しに行きましょう。
参考文献:谷川稔編(2003)『歴史としてのヨーロッパ?アイデンティティ』山川出版社