Osaka University of Tourism’s
Web magazine”passport”
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「日本文明を読む」第10回 半藤一利『戦争というもの』(PHP研究所?2021年)
今年もまた夏がやってきた。今年の夏は東京オリンピックとパラリンピックの夏であるが、「戦後日本」にとって夏はいつも、「あの戦争」を思い出し、死者を悼む夏であり続けてきた。
?今回は個人的な思いの出る文章になってしまうが、やむをえない。九十歳の半藤さんが、孫娘に語りかけるように綴った本書、『戦争というもの』。この本について語るには、主観的な文章でなければ、かえって浅薄になってしまうように思う。
半藤さんには、一度だけ個人的にお目にかかったことがある。長身で、フットワーク軽く、活動的。ちょうど私の父と同年輩というのもあって、初対面にもかかわらず、大変気安く話をさせていただいた覚えがある。
?彼の最後の原稿をまとめた本書を読んで、そのときの印象が懐かしく思い返された。懐かしいのは、どこかしら、父の声にも似て聞こえたからかも知れない。
?昭和一桁生まれの父は、いわゆる国民学校世代の人間だった。歴代天皇はすべて暗唱できたし、戦艦大和の世界最大「四十六糎(サンチ)砲」について口にするときはいつも誇らしげであった。その一方で、空襲の後の神戸の町を、親を探して歩き回った話を淡々と聞かせてくれたこともあれば、祝日に自宅の門に日の丸を掲揚するときには、「右翼だと思われないかな?」と照れ笑いしていたものである。
?あらゆる事柄と同様、戦争にも、光とも影とも単純には分けられないものがある。半藤さん一流の分かりやすい語り口にもかかわらず、本書もまた、歴史の複雑さを見つめる著作である。連載時のタイトルは、「太平洋戦争を名言で読み解く」。ただし、「名言」と言っても、箴言や警句の類は出てこない。彼いわく、「非人間的な戦争下においてわずかに発せられた人間的ないい言葉」をとりあげている。
?例えば、「タコの遺骨はいつ還る」。これは戦時下の替え歌の一節だが、底知れぬ悲しみを湛えたその歌を、「悪ガキ」たちは、大人たちに叱られながらも遊びの一種として歌っていたのではないかと捉えている。戦時標語コンテストに入選した「欲しがりません?勝つまでは」をめぐる逸話の連なりなども、軽妙で面白く、そして悲しい。
?あるいは例えば、参謀次長河辺虎四郎中将の「予の判断は外れたり」。そこには、もっと一般的な教訓を読み取ることができることを指摘している。
《考えてみると、日本人にかぎらず、人間というものがそうなのかもしれません。/完全な無策状態に追いこまれると、人はいつまでもその状況にはいられなくなります。何とかせねばならないとわかっていても、どうにもならない、となって、そこから逃れるために、いや現実は逃れることなどできないゆえに、自己欺瞞にしがみつく。》
各国の歴史を紐解けばすぐ分かるが、日本も日本と戦ったアメリカも、そのほかの国々も、時に応じて自己欺瞞ばかりである。ただ、第二次世界大戦では、戦争に負けた日本では結果的にそれが甚だしく現れ、勝った国ではそこまでではなかったというにすぎない(このことを私は、最近、中国の歴史家たちが日米戦争での日本の戦いぶりを意外に高く評価し、アメリカの失敗を殊更にあげつらっているのを読んで、改めて感じた)。
?そのほか、いずれにおいても、簡単に割り切ることなどできない人間という存在の多面性、複雑性を、半藤さんは切り取って見せている。いうなれば、彼の解説付きで初めて「名言」となる言葉が、本書には並んでいるのである。
?聞くところでは、半藤さんの反戦思想を嫌う向きも、少なくないのだという。もちろん、人それぞれに考え方はあってしかるべきである。ただ、もし安全保障を大事に考えるのであれば、妄想的な平和主義は斥けても、現実主義に立った反戦思想はきちんと受けとめるべきであろう。逆に、現実主義に基づけば常に好戦的でなければならないというなら、それこそ、ある種の偏見と軌を一にしてしまうというものである。若槻礼次郎元首相が開戦前に批判したように、「力がないのに、あるように錯覚してはならない」。もちろんそれは、いま力が足りないなら足りないなりにやれることまで、諦めてはならないということと表裏であろう。
?もっとも、そうはいっても、個々に疑問を感じた箇所は、本書でもたくさんある。しかし、書き手にはそれぞれに書きたいことがあるものだし、半藤さんはいろいろと分かったうえで、どう書くかを選んでいることも、読んでいて分かる。だからむしろ、本書は、彼からの問いかけであり、彼が議論を仕掛けてきたものだと受けとめれば良いのではないか。私はこれからも、折に触れて半藤さんの著作を読み返しながら、議論を交わしたいと思う。私の父もそうだったが、半藤さんも、平和を守るために議論し続けることを、嫌いなどしなかったと思うから。彼の言葉は、あくまで「人間的」である。
「日本文明を読む」バックナンバー
【第9回】『ラ?マンチャの男』のアメリカ
/passport/column/855.html
【第8回】吉田松陰の熊取行、そして『孫子』読解
/passport/column/475.html
【第7回】私も「タモリ」になりたい
/passport/column/306.html
【第6回】藤田雄二『アジアにおける文明の対抗』(御茶の水書房)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9913980/www.tourism.ac.jp/blog-cultural/detail.php?id=54
【第5回】NHKスペシャル『総理秘書官が見た沖縄返還 発掘資料が語る内幕』(NHK / 2015年5月9日放映)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9913980/www.tourism.ac.jp/blog-cultural/detail.php?id=41
【第4回】榎本正樹『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。全話完全解読』(双葉社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_43.html
【第3回】苅部直『安部公房の都市』(講談社)?追記
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_42.html
【第2回】苅部直『安部公房の都市』(講談社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_38.html
【第1回】高坂正堯『文明が衰亡するとき』(新潮社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_35.html
[国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)]