Osaka University of Tourism’s
Web magazine”passport”
「passport(パスポート)」は、観光や外国語、国際ニュースなどをテーマに、
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算額と出会う旅
先日、奈良を訪れた際、奈良市虚空蔵町にある弘仁寺に参拝しました。山林に囲まれた静謐な境内に佇む本堂に掲げられたいくつかの額の中に算額がありました。
算額というのは、江戸時代以降、数学(和算)の問題やその解法を絵馬に記して神社仏閣に奉納されたもので、多数の算額が現在も全国各地に残っています。和算は江戸時代初期に成立し、わが国で独自に発展した数学で、時代が下るとともに専門家だけでなく広く一般庶民にまで普及していきました。明治以降、学校教育に西洋の数学が取り入れられるとともに、それまでのような和算の勢いは失われてしまいました。とは言うものの、算額奉納は現在でもなお続けられていますし、教育現場においても、具象性に優れた和算を算数の授業に取り入れる試みが盛んに行われています。
さて弘仁寺には算額が2面あるそうですが、そのうちのひとつをご紹介します。縦122cm、横242cmもある広い額面右端に、大きな字で「寿?七十八齢?石田算楽軒」と書かれています[1]。石田算楽軒という名の和算家が78歳になるのを祝って奉納されたものでしょうか。横には算楽軒と思しき着色された人物座像が描かれ、その下に門弟諸氏の名前が並んでいます。奉納されたのは安政5年(1858年)ということですので、ちょうど徳川幕府による敵対勢力への大弾圧(安政の大獄)が行われていた頃になります。
額面にはこんな問題が書かれています[2]。(漢数字は算用数字に改めています。)
立方体の中に芥子の種が一杯つまっている。その立方体の一辺の長さ(間数)はいくらか。ただし1立方尺につき、芥子の種が2700万個入っているとする。
*芥子の種の総数?2極2969載597正6716澗3346溝2837穣7778抒6001垓6443京5427兆3280億万数
長さの単位として「尺」が使われていたり、見慣れない大数の単位が続いたりで圧倒されますが、問題自体は現代の数学の水準からすると難しいものではありません。
少し問題の解説をしておきましょう。芥子(けし)の種は非常に小さいものの喩えでしばしば使われますが、この小さな種は1立方尺、すなわち一辺の長さが1尺(約30.3cm)の立方体(縦?横?高さの長さが同じ箱)の中に2700万個入る。それでは、ある立方体の中に芥子の種が全部で2,296,905,976,716,334,628,377,778,600,164,435,427,328,000,000,000個入っているとき、この立方体の一辺の長さを求めなさい、という問題です。
正解はここには載せません(弘仁寺の算額の下には正答と解説文が用意されています)が、ぜひ現代の文明の利器であるコンピュータを使って計算してみてください。Webで手軽に利用できるWolframAlphaをおすすめします[3]。それにしても、計算機としては算木と算盤くらいしかなかった時代に答えを導き出すのはかなり大変だったことでしょう。
国立国会図書館の「江戸の数学」というWebサイト[4]のリンク集から、全国の算額を所蔵する神社仏閣リストを見ることができます。これらの「算額マップ」を参考に、わが国固有の文化である算額に触れる旅に出かけてみるのはいかがですか。
[1] 弘仁寺ホームページ(http://www.kouninji.org)には算額の写真が掲載されています。
[2] 桑原秀夫『弘仁寺の算額について』
[3] WolframAlpha?https://ja.wolframalpha.com/
[4] 和算の歴史については国立国会図書館「江戸の数学」 (https://www.ndl.go.jp/math/)にまとめられています。