Osaka University of Tourism’s
Web magazine”passport”
「passport(パスポート)」は、観光や外国語、国際ニュースなどをテーマに、
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お塚のインバウンド
京都の伏見稲荷大社はインバウンド(訪日外国人)でにぎわっている。観光客のめあては奥社奉拝所へ至る千本鳥居。朱色の鳥居が連なる参道は、何よりもインスタ映えする。興味深いことに近ごろ奥社奉拝所で引き返さずに、その先の道をすすむ観光客がふえている。奥社奉拝所から先の道は、「お山(稲荷山)」に通じる。
紀元前3世紀ころには、現在の伏見や深草のあたりに農耕をおこなう人びとが住んでいた。農耕の成功を左右する超自然的存在として、稲荷山は山そのものが神さまとして信仰されていたと考えられている。4世紀ころから、秦氏が現在の京都の開発にかかわる。秦氏は、古代に日本列島に移住してきた渡来集団の一つであり、秦の始皇帝の子孫という伝説をもっていた。この秦氏が、伏見や深草の人びとが神さまとして信仰していた山に、「イナリ」という神を祭祀する。やがてイナリ神は秦氏の集団をこえて信仰されるようになる。平安時代には2月初午の日の稲荷祭に多くの人びとが参詣し、稲荷山にのぼった。イナリの神さまは稲荷山の三つの峰に降臨すると信じられていたから。
さて現代のインバウンドはお山への道をのぼり、四つ辻に至る。四つ辻からの眺望に満足して下山する人もいるが、ほとんどの人は稲荷山の頂上である一の峰をめざす。それでは、インバウンドたちはお山で何を目にするのだろうか。
江戸時代末期から、お山には稲荷系の神さまの石碑が建立されるようになった。現在、1万をこえる神さまの石碑が林立している。それらの石碑には、たとえば、「末広大神」や「梅八大神」のように、神さまの名が刻まれている。これらの神さまの石碑は、「お塚」とよばれている。信者たちが正月や2月初午の日などに、お山の茶店で購入した鳥居をお塚に奉納する。数多くの鳥居に囲まれているお塚もあれば、一つの鳥居も奉納されていないお塚もみられる。神さまにも流行があるのだろう。
今のところ、お山にはお塚について説明している案内板はみられない。したがってインバウンドたちはお塚が何なのか、よくわからないまま、膨大な数の石碑と鳥居をながめて、お山を一周することになる。ところが、最近、お塚に鳥居を奉納しているインバウンドたちが現れはじめていることが、ゼミの学生たちとおこなっている調査からわかってきた。観光の記念にインバウンドによって奉納されたと推測される鳥居もあれば、インバウンドが日本の会社の人といっしょに奉納したと思われる鳥居もみられる。お塚は、ツーリズムを契機として「コンタクトゾーン」になりつつあるのかもしれない。